僕は広島で、大阪にいた頃とは全く別の生活を送っていた。
春にはタケノコを掘り、夏には草刈りをして、秋には漫画を読んで、冬にはテレビを見た。
- 畑が無限にあるから、もう自給自足でいいんじゃないかな、ボク。
- 草刈りを一度始めると、止まらなくなるくらい面白かったり。
- 「進撃の巨人」、エグいけどハマるなぁとか。
- 10年ぶりくらいにテレビを見ると、この番組まだやってたんだーとか。
今まで忙しい生活を送っていたのがウソみたいに時間はゆっくり流れていた。
ふと、思い出した。
そういえば、最近ベルト使ってないや。
ベルトが必要な服も着ていないことに今更ながら気づく。
ひとつ、商品を自分用におろした。
D6 誕生秘話【トランプとベルトループの貫通マジック】
これは特別な製品で、かつて僕が僕の大切な友人に贈ったマジック。
彼はマジックを見るのが大好きで、「ねぇなにかマジックやってよ!」は、彼の挨拶みたいなものだった。
何回も何回もしつこいもんだから、同じマジックを繰り返し演じることさえあった。
結局のところ、プロはいつも同じマジックをいつも別の観客に演じるが、アマチュアはいつも別のマジックをいつも同じ観客に演じなければならない。
もうネタ切れだよ、マジで。
って何回笑い合っただろう。
タネなんてもう知ってるくせにアンビシャスカードを求めてきたり。
僕のラピッド・ラビットという技法をひどく気に入り、10cmの距離まで近づいて見たり。
こいつのWisteria Laneってマジック、すげーからマジで!
と他の人に力説する姿も何度見たことか。
ヒンバーを見せた時の
なんでなんで???
と心底不思議そうなあの顔も。
彼の反応は、いつも想像通り。
最後には決まって、
カイさん、やっぱすげーわ!
って目を輝かせて褒めてくれる。
いま思えば、あの目はマジで子どもだったね。
マジシャンが年に10回経験すればいいレベルの眼差しを僕は軽く50回は経験してた。
僕のいちばんの友人であり、僕のいちばんのお客さんだった。
彼の「すっげぇ」という言葉は、
「お世辞なんじゃないか?」とか「気を使ってるんじゃないか?」とか、
そんなつまらない疑心暗鬼を抱かせる余地すらなく、いつもストレートに僕の心に届いた。
マジックをやってて楽しいと感じるのは、きっと彼という観客を持ったからだろう。
ずっと友人で、新しいマジックを考案したら真っ先に見てくれて、目を輝かせてくれる。
時には
新しいマジック、まだ?
って催促されたりもして。
明日までお待ちいただけますでしょうか、お客様 (_ _)
とペコペコ頭を下げてギャグに走る僕。
そんなやり取りが一生続くと思っていた。
しかし、彼は海外に行くことになった。
かねてより語っていた夢を叶えるためらしい。
僕がそれを知らされたのは、ずいぶんと事が進んでからだった。
あんなに遊んだり呑んだりしていたのに、彼はひとことも言わなかった。
夢のことも、いつかは海外に行くことも知っていたけど、行くなら行くでもっと早く教えてくれよ、マジで。
裏切られたようなショックや混乱の中、ふと空を見上げると、威風堂々たる満月が夜を照らしている。
(俺って、本当にあいつの友だちなのか・・・?)
考えずとも、僕の答えは決まっていた。
だから、僕はある決断をする。
「彼のための、マジックを作ろう。」
それは、バチバチと火花が散るような電撃的な閃き(ひらめき)だった。
海外に羽ばたく彼に、
「このマジックは、いま世界でお前しか持っていない。これで世界を驚かせてきてくれ。」
と、カッコよく言える作品。
そうやって彼を見送ろう。
それが、D6に命が宿った瞬間だった。
当時、彼のベルトは悠久の年月を経たものだったが、財布もまたなかなかのものだった。
それを考えると、D6は財布になっていた可能性もあるが、その話はまたいつかのために取っておこう。
それからちょうど、一年後。
D6は、生まれた。
しかし、時すでに遅し。
彼は、もう日本にはいなかった。
これは、僕の暴走商品。
僕の完全なる自己中で生まれた作品だ。
本当は、こんなことをしてはいけない。
「売れるもの」を作らないと。
「売れるもの」を売らないと。
それが、経営者というものだ。
でも、僕は、きっと人間らしさを忘れたくないだろう。
もっと言うなら、僕らしさだ。
あの行動は、紛れもなく、僕だった。
いま、そんな友人を思い出し、彼と同じくらいマジックが好きなあなたに贈りたい。
不可能な貫通現象をいとも簡単に可能にする、最高のベルトマジックを。
僕は、彼にD6を郵送でプレゼント。
- マジックのレパートリーをむりくり増やすことも。
- 「いまから行くわー」って電話の1分後の突然の訪問も。
- 深夜の小学校に侵入してプールで遊んだ、おバカ行為も。
- ついでに僕の会社も。
全部なくなってしまったけど、彼からのメールに添付されていた何かのパーティでの写真を見返して、懐かしい気持ちになった。
彼が仲間に囲まれて、いつもの笑顔で。
腰には、D6が光っていたから。
マジックショップ「MAGIC SECRETS」の店長。
運営理念は、「“本当に使える”マジックしか販売しない。」
自らの商品をきっかけに初心者からプロマジシャンになった顧客が大勢いる。
小学生から高齢者まで、本気でマジックを学びたい方を徹底的にサポート中。
他では買えない価値のある商品を生み出すことに全力を注いでいる。
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